全財産を失った、最愛の人を亡くしたなど、もう生きていけないような絶望の状況においても、立ち上がって前へ進んで行かれる方がいらっしゃいます。もちろん、気力をなくして、健康を害したり、何もできないで苦しまれている方も多いです。
この違いはどこからくるのでしょう?哲学、宗教、心理学などのいろいろな面からの取り組みがあります。
先日、ロゴセラピーのセミナーを受講しました。講師は下記の先生でした。
南ドイツ・ロゴセラピー研究所公認 ロゴセラピスト 勝田 茅生先生
フランクル(本「夜と霧」)はウィーンの精神科医でしたが、ユダヤ人であったためにナチスの収容所に送り込まれました。フランクルはそこで自分が確立したロゴセラピーが絶望を乗り越える方法になるのを実体験しました。
ロゴセラピーでは、体と心の上位に精神があると考えます。精神は意志でもあります。生きる目的(精神)を持っていると体と心に絶望的な状況があっても前に進んで行こうとします。ナチスの収容所の死と隣り合わせの日常、極寒と過酷な作業、不十分な食事などの中でも生きる希望を持った人がいます。フランクルは妻と親に生きて会いたいと願います。もし、私が死んでしまうと、妻や親はどれだけ嘆き悲しむだろうかと思います。
生きる目的は、自分のためと内向きでなく、何かのため、誰かのためと外に目が向くことで、生きる力になります。
人生が私たちに問いかけて来ます。それが絶望的な状況の場合もあります。それを受け容れて、その問いかけにYesと言えるかどうか。それにYesと答え、行動していくことで人生の意味が生まれて来ます。
フランクルは、その状況に対する自分の取りうる対応(自分の態度)は自分が選択できることだと言っています。起きた事象は変えることはできない。ただ、自分がどうするかは自分が決めることができると。とても難しいことですが、幸せになるヒントがあるように思います。
ロゴセラピーの今回のテーマは、「危機の克服と予防」でした。