「喪の途上にて―大事故遺族の悲哀の研究」: 野田 正彰著 ”JALお世話係” ”時薬”
日航機の御巣鷹山墜落の多くの遺族にインタビューして、大事故で大切な人を失くした悲哀とそこからの生活をまとめている。
4人姉妹の3人を亡くした、子ども二人を亡くした、子どもと孫まで亡くした、夫を亡くしたなど、
亡くなられた520人の遺族の悲しみ、苦しみが綴られている。
JALのお世話係りが遺族に当てられたが、そのお世話係の人の対応の違いもかなりあった。
JALに殺された思いがあるが、お世話係りに今も感謝している言葉がある一方、お世話係りの言葉に傷つけらえた人もいた。
パナソニックの社員が20数人亡くなったが、パナソニックの遺族に対する会社の配慮は大きかった。
それに比べてJALに対応は?に不満を抱いた人もいた。
“時薬“という言葉があるが、時が経つから悲しみが癒されることはなく、その悲しみはずっと続いている。
”時薬“は,何とか日常生活を送れるようになっていくことを言っているように思った。
その日常生活も、悲しみと共にそれまでの生活の幸せを失ったものである。
いろいろな宗教団体からの誘いやレターも多くあった。
宗教団体なども良かれと思ってなのかもしれないが、中にはお金をたくさん払っただけのケースもあった。
“喪ビジネス“があり、悲しみを商売にする人も出て来た。
墜落したパイロットが、何故、山の方向に機首を向けたのだろう?
海上に不時着する道を選択していたらもっと助かった人が多かったのではないか?
それはそういった緊急時のシュミレーション訓練が不足していたのではないか。
感想;
人を傷つけるのも、人を癒すのも人だということを強く感じました。
いつなんどき、大事故遺族になるかわかりません。
大事故遺族でなくても、事故で愛する人を亡くす、病気で亡くすことがあります。
その時、どう受け入れ、どう生きて行くか、難しいですが、遺された人がそのことをどう生かして行くかなのでしょうか?
大きな悲しみがあったけれど/大きな悲しみがあったからこそ、新しい人生に出会いました。
と言えるようになればと思いました。